ロクスマウェの風景「床屋」

ロクスマウェに来て2週間がたつ。ロクスマウェのスカラマイという中心地は、華僑の店がある。写真屋から薬局まで、その多くは華僑が経営している。
髪もかなり伸びてきた。取材で一時間ほど待ち時間が生まれたので、スカラマイの床屋にいくことにした。中国の漢人地域をはじめ、東アジアで華僑が住む地域では、床屋には2種類の意味がある。床屋は髪を切ってくれる散髪屋と、短いスカートをはいた化粧が濃い姉さんが、足を組替えながら店先で待っているお店の2つだ。
床屋に近づくと、前には姉さんは座っていない。しかし、店の全面に、怪しげなマジックミラーが張られ「KITA」と看板が張られていた。恐る恐る中の扉を開けると、店の中にはスーパーマリオのような髭をたくわえた40代の男が床の掃除をしていた。理髪店特有の男性用整髪香料の臭いが、昔の床屋のようで、気持ちを懐かしくさせた。
男が床の掃除を止め、インドネシア語は出来ないが、とりあえず、彼の案内する席に座った。こちらの主流の髪型は、どんなものだろうと床屋のポスターを探したが、見つからなかった。街中で見かける若者のほとんどは、バリカンで横を刈上げている。外国で床屋に行くと、その国の言語をある程度はなせたとしても、その国の主流の髪型になるのはさけられない。ましてや全く言葉が通じないのならば、必ず現地風の髪形になることを覚悟しなければならない。
男に、たてと横を短くとジェスチャーしたまま、メガネをはずし、そのまま彼に任せた。すると、バリカンを取り出し、1mmを見せたが、振り首を横にもっと厚いもので刈ってと頼むと、厚めのバリカンで髪を刈った。
店を見渡すと、もう一人店員がいる。彼より年上の60代の男だが、昼ドラを見ながら、レジで客を待っている。ひととおり、髪を切り終え、男が剃刀を取り出した。アフガンの床屋で襟足をそろえたとき、80年代の高校球児の様に襟足がかっちりなった。一週間後に日本に帰ることを考えると、友人に笑われそうだったので、襟足だけは注文をした。
剃刀を見ては首を横に振ってダメ。バリカンを見て首を縦に振った。首と目でジェスチャーしたつもりだが、剃刀をまだ持っている。「ウィーン、ウィーンOK!」と奇声を出して説明すると、男はさらに難色を示した。思いきって、床屋でてるてる坊主のようになっている僕の手を襟元に当てて説明すると、やっと理解した。しかし、元々濃い腕毛が刈られた髪の毛で増毛された感じになった。
髭をそそるかと聞かれたが断り、整髪料も断った。床屋は鏡台のメガネを差し出し、それをかけるとインドネシア国軍の海兵隊のようだ。
スーパーマリオのような床屋の男は丁寧に、ベビーパウダーを襟元につけ、そして、シャンプーはない床屋なので、ハケで髪を落とした。襟揃え整髪料を断ったので、とてもきれいに見せるための彼の客へのこだわりだろうと思った。
料金はいくらほどなのか、知らないまま髪を切ったので、60代の男が座っているレジで、支払いをしようとすると、二人で何か確認をしている。彼らが確認をしているのは、髭剃りと、整髪料のことだろうと思った。そして、日本円で120円ほどのお金を渡した。
案外安かった。
再び、床屋は床の掃除を始めた。