「マザリシャリフの夜」

マザリの夜は、静かだった。定食屋は午後7時半頃閉まっていた。滞在したのは3日間だったが、夜は全てカバブを持ち帰りにして、下宿先の事務所で食べた。この事務所というのは、カーブルで下宿のお世話になっている日本の商社のマザリ事務所である。事務所の中は、アフガニスタン駐在員の通称ひげじろうさんが、家具を選んでいるので、建物の内装はヨーロッパのようになっている。
ただ、この建物に門番軒、ハウスキーパーがいる。男が交代で。二人で事務所の世話をしている。一人は大柄な男で、風体はダイダラボッチみたいな背の高いナジフ。もう一人は小柄で小回りのきくねずみ男みたいなファリッド。二人を何故妖怪にたとえるのかと言えば、マザリの夜は、100万人の人口を抱えているといえど、夜8時頃は真っ暗になる。建物の中は、門番の部屋と、僕が居た部屋だけが電気がついている。
事務所の中は、ヨーロッパのような家具に囲まれた大きな建物だが、門番のいる部屋は、地元の匂いが強い。雑魚寝用の布団が敷かれて、裸電球が一つ灯っている。その部屋でテレビを見ることができるのだが、もしもテレビがないのなら、まるで、「まんが日本昔話」で、夜道に迷い、ひっそりと明かりが灯る田舎の農家にたどり着いたような雰囲気を持っていた。
ナジフは、頼んだこと以外は殆ど何もやらない。頼まれたことはきちんとこなす。彼は、自分の飯を作るか、買い物に頼まれたときに外に出る程度だった。
実は、初日、マザリに行く途中に、車のエンジンに支障が起き、点検をおこなっていたので、服が汚れた。短期の滞在なので、服を2着しか持って行ってない。外出用の服と、寝間着用の服に分けていたので、到着初日の夜22時頃に、背の高いナジフに洗濯物を洗ってくれないかと頼みに彼の部屋に行ったところ、快く引き受けてくれた。
念を押して、朝方8時に出発するから、その時までに用意はできるかと聞いた。実際、聞いた僕としても難しい要求だったと思うが、「楽勝だよ」といったので、彼に任せた。
勿論、こちらには電気で動く洗濯機もなければ、脱水機も乾燥機もない。朝方8時の日光の強さが、どの程度強いのか判らなかったが、楽勝だよと言う彼の言葉を信じた。そして、翌朝8時頃、出発の準備30分前に、彼は乾いた洗濯物を持ってきた。きちんと乾いているので驚いた。
また、マザリを出る前日、小柄なファリッドの方が下宿先にいた。彼に10時までに洗濯物が必要だけど、大丈夫だよねと念を押したところ、彼も可能だと言った。しかし、朝方10時に洗濯物は濡れていた。
小回りがきいてよく働く男だが、日差しが登る10時でも服は濡れていた。
しかし、ダイダラボッチのナジフはどうやって朝7時半までにシャルワルカミーズを乾かしたのだろうか。ふと帰りの車の中で気になった。