〔カラコム村〕〔シャルワルカミース〕

「カラコム村」


今日、カラコム村に行く。3年前、DNAがお世話になったところだ。そこの村で、かつて取材させていただいたアブドラ・ガフール(31)に会う。

到着するや否やかれはでむかえてくれた。すぐさま、彼はぶどう畑を見せてくれた。ぶどうはカラコムでは主要な農作物だ。彼が案内してくれたぶどう畑が、枯れそうだった。 3日前に訪れたときに見たぶどうは、たくさんあったのだが。


彼は水が来ないから、こうなったと説明した。「水」が必要だと訴える。灌漑用の水があれば、農業で生活ができるという。アブドラ・ガフールは現在、カーブルで出稼ぎに出ている。USアーミーの基地で働いているという。カーブルの中心部まで、約1時間はかかる。まるで、東京の郊外にベッドタウンができる前、その村で農村で働いていた人が、仕事出てている感じがする。

僕は小田急線を使っているので、現在でも鶴川、柿生あたりには、農家がある。また僕が住んでいるのは経堂なのだが、祖師ヶ谷大蔵に行けば、いまだに畑は存在する。僕がよく利用する祖師ヶ谷大蔵の銭湯には、昭和25年ごろの航空俯瞰写真があるが、そ子には農家の写真があった。


一概に日本の都市近郊にあった農村と、アフガニスタンのカーブルの郊外の農村を比較はできないが、かつて、農業だけで生活し、都心で働く必要がなかった人が、現在、外貨にあふれているカーブルに出ていることは想像しやすい。彼はまさに中学生の時、社会科の授業で習った兼業農家だ。
一貫して、アブドラガフールは水が必要だと訴えた。外国のNGOに枯れたカレーズや井戸を修復してもらいたいという。困った、僕や渡辺はNGOではない、ただ撮影することしかできない。簡単に修復など約束できない。ただ撮影するだけだった。


生活用水を井戸からくみ出すことはできるのだが、カレーズが枯れた今、井戸による灌漑で畑を潤すことは難しい。畑の灌漑のために、井戸水をくみ出すためには、ジェネレーターが必要になる。そうなると、彼らはガソリンを買わなければ生活ができない。ガソリンを買い、そして、生活費をまかなうと(もちろん、ガス、水道はない)5人の子供を持つアブドラ・ガフールの家族が生活するのがやっとだと言う。そのため、彼はカーブルで出稼ぎの仕事をしている。



「シャルワルカミース」



現地服のシャルワルカミースという現地衣装がある。カーブルでは、若者は好んで着用しないのだが、農村やカーブルの中年になると、ほとんどが、この衣装を着用している。かつて、お世話になったジャララバードで、身体の線が分かるほど細いジーンズをはいた若者を見かけ、驚いたことを記憶している。現在、僕は、現地服のシャルワルカミースの愛着している。アフガニスタンの農村で、洋服を好んできている若者はいない。洋服は、カーブルなどの都市で生活するの高所得層が着るもののようだ。ある意味、洋服はステータスを表すものかもしれない。


僕は九州の筑後川の河口の町に生まれ育った。国道沿いにピンク色の大きなネオン看板が出ている洋服屋以外、周りには洋服屋などなかった。そのせいか、僕も洋服には、ほとんど興味を持たなかった。小学校の頃など、おしゃれに気を遣わないといえど、お気に入りの服があった。


プーマのジャージがよそ行きようの服装だった。漁師が多い地区に行けば、今も尚、ジャージ姿の男がたくさんいる。ジャージは寝間着と普段着がほとんど同じだ。外出用の「KANI」と刺繍が入ったジャージと、刺繍のないジャージ違う程度だ。


アフガニスタンのシャルワルカミースは、普段着と寝間着が一緒である。彼らも外出用のシャルワルカミースと寝間着用を分けている。僕らの田舎の洋服の感覚と同じだ。しかし、ただ、汚れには気をつかっているようだ。アフガン人が着こなす、仕立屋で作った背広やスーツは似合わない。そもそもスーツ用に彼らは紫色など、派手な色を好む。まるで、日本の1月中旬のテレビのニュースで賑わす、田舎の荒れた成人式のようだ。そんな、些細なおしゃれに関する奇妙な共通点に、僕は感動している。