近所の八百屋のおやじ

最近アパートにこもって編集をしている。
そうすると近所で食材を買って自炊する。
いつも野菜は近くの八百屋で買っていた。
その店では、夏野菜は竹製のザルの上において売っていた。
漬物も木製の樽の中に、入れて売っていた。
ぬか漬けも緑のプラスチック製の樽の中に入れて売っていた。
白菜もピンクの紙を張ったまま売っていた。
店で買うと、小さなビニールに入れてくれた。
いらないと断ると、新聞に包んでくれていた。

そのためか、近所の人は、買い物かごを持って買い物に来ていた。
うちのアパートのそばは、まだ、昭和のにおいが残っている商店街だ。

実を言えば、スーパーより気持ち値段が高いが、
八百屋のおやじなのに、無口で不器用な感じが好きだったのでよく通っていた。

昨年末、とつぜん店の品物が少なくなり、近所の八百屋にシャッターが下りた。
店が閉まることをあらかじめ誰にも伝えていなかった。張り紙もしてなかった。

先週の暖かい日、朝方に店の前におやじが立っていた。
店の前を通りゆく人を文字通り眺めていた。

私は天気が良かったから、コインランドリーに
洗濯物を持って行くときに見かけた。

コインランドリーで、洗濯物を出す時にも見かけた。
1時間以上、一人感慨深そうにおやじは店の前に立っていたのか。

なんで、立っているのだろうと思ったが、話しかけるには至らなかった。

昨日の朝、店のシャッターが開けられていた。
品物から冷蔵庫まで、店の中のものが何もなくなっていた。

まるで自分が何年も住んでいた見慣れた部屋から引越す時に
荷物を出して、部屋から何もなくなり、がらんとした生活感を失った空間を見たような
さびしい気持ちになった。

今朝、解体屋が店を解体していた。
今後、駐車場になるのか。

八百屋のおやじの年齢は、70代後半だった。
うちの大家のばあさんに聞くと、10年くらい前まで奥さんと仕事をしていたが
先立たれたそうだ。
その後、一人で八百屋を営んでいた。

だから、おやじが先週のあの暖かい日に、感慨深げに店の前に立っていたんだ。
あの暖かった日のおやじと、在りし日の店のおやじを写真に撮っておきたかった。