「バスクリンのおじいさん」

明日の朝までに見せなければならないプレビューがあるため、一日家に閉じこもってパソコンで作業する。自宅での編集作業中は、あまり外に出歩かず、手っ取り早く飯を食うことがおおい。
今日も夕飯は手っ取り早くスーパーで惣菜の買い物をした。
惣菜売り場では「半額」シールを貼る白い帽子をかぶった調理師の若者が、近くの誰とも視線を合わせないようにただひたすら作業に没頭している。彼のシールを待ちに待ったおばさんが、縁日の神社で豆をもらうハトのごとく半額商品に群がりだした。僕もおばさんに負けないように半額シールのついたカツ丼をとった。
レジで順番を待った。前には、半額後の商品を大量購入した2人のおばさんが並んでいる。そして、ぼくの後ろには、入浴剤のバスクリンを2缶持ったおじいさんがいた。レジは、なかなか前にすすまない。
おじいさんはすでに70後半は過ぎてるのだろうか。この時間帯のスーパーの客層では異質だ。しかも蒸し暑い季節の入浴剤2缶。おじいさん、レジの前でうろうろしている。なんか挙動不審だなと思っていたとき、おじいさんからレジの女の子を指差して
「あれ孫」
顔はほころんでいるが、朴訥と聞き取りにくい声で僕に話しかけた。
「?」
急に話しかけられて、返す言葉が浮かばなかった。よくみるとレジの子の名札の下には「見習中」とワッペンが。おじいさんも勢いで僕に話しかけたはいいが、次に返す話題が思い浮かばない。僕も「はあ、そうですか」というしかなかった。
そのままレジを終えて、おじいさんの方を見る。
朴訥としたおじいさんと、あえてよそよそしく恥ずかしそうに振舞うレジの孫。
バスクリンの存在が、祖父と孫娘の関係の中で新たな関係を築いたようだ。遠めに見ていたので二人には会話があったが、聞き取れなかった。
バスクリンまだ家に残っているよ」そう孫は言ったのかもしれない。とにかく孫は恥ずかしそうだ。おじいさんうれしそうだ。

帰りにスーパーの入り口に「バイト募集中」の張り紙があった。
「高校生は時給800円。研修中期間は750円」と書かれていた。